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    主に児童向けテレビ、映画、書籍の感想を書いてます。
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雷句先生は偉い!パート2

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雷句誠先生は小学館と小学館の体質と一部の編集者の対応を問題にしてるのであって、少年サンデーと作品を掲載している漫画家達と争っているわけではないのです。
それはそうでしょう。
彼が提訴したことは、その内容の真偽に関わらず、少なくとも小学館側は、世間の目が向いてる分、やっぱりライク先生が訴えてもしょうがないと言われるとまずいから、暴言失言ないように緊張感を持って襟を正すでしょう。他の漫画家さんへの影響も考えるだろうから、提訴前より他の漫画家さんの待遇は良くなることがあっても、悪くなることはないでしょう。
なので、この提訴はライク先生にとっては謀らずとも内外に敵を作ってしまうので苦しいものになるけれど、他の漫画家さんにとっては得になると思うのです。それこそが彼の利害を超えた純粋な志であって、自分が損をしても、全体の益になるからライク先生は、端から見れば過激とも思われる行動を取っていると思われます。
頑張って欲しいです。

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意識改革のススメ

雷句誠先生と小学館の編集者の問題について
片方からの一方的意見なので、静観という人は非常に全うだと思う。

でも私は自分の経験上、ハラスメントに敏感な側を無条件に支持したいと思う方だ。というのは人間疲れれば些細なことが気になり、さまざまなトラブルが起きやすいものだ。だから敏感に感じる方がおかしいという風潮が、好きでないのだ。敏感な人も受け流せる人もいるから、受け流せるのが良いとは一概に言えないと思うからだ。敏感な人もいていいのである。
そういう人もいるから、立場が上の側は接する者に対し、細心の注意が必要なのである。
今でこそセクハラ・アカハラ・パワハラ・ドクハラという言葉が認知されて、職場のハラスメントの対策をきちんと内外に提示するのが当たり前になってきたけれど、私が若い頃はほとんどそういう視点にはなく、組織の中でいじめが横行しても泣き寝入りがほとんどだった。
大学の時、すごく嫌みをいう教授がいて憎んだが、私はとりあえず相手に合わせたふりをして通した。けれど、それ前にも自殺者が2人を出ていたし、セクハラを受けた先輩もアカハラをうけた後輩も泣き寝入りしつつ、長い間心に深い傷を負っていた。その後、15年後くらいに、彼は在学中の学生に数件訴えられ、有罪となり懲戒免職になった。。。。
自動車学校の教官にも酷いのがいた。。。皆さん、そういう経験ないですか?
新任だった頃、中年上司からの嫌みが嫌でしょうがなかったが、けんかしつつ頑張ったら1年経ったらあまりかまわれなくなった。何のことはなく、次の年の新任のかわいい子が来たら彼はその子に夢中になって、あれこれ私の時と同じようにいちいちちょっかい出す。私への対応が悪かったと気づかないので、同じ事をまた若い子にしてしまう。たまたまその子が仕事はできないがぽわーんとした子で、上司のいいようが気にならなかったようだが、そのまた次の年の新任は私以上に敏感な人で、職場に執着がなかったのもあって、公然と抗議した。その上司は転勤になった。
だんだん、世の中に理不尽な扱いを受けたことをちゃんと言う人が増え、少しずつ意識は変わっていると思う。
私自身敏感な方で、理不尽だと感じる場面によく出くわす。某大学病院は酷かったよーー;そういう時、理解してくれる人がいて欲しいと思う。だから、自分はそういう場面を見かけたら、割と静観はしない方なのだ。静観が一番、賢いとわかっていても。
最近ネッ友さんが公の機関から、えん罪のように理不尽な扱いを受けたと相談された時も、静観するべきだったかもしれないけれど、あえて励ましを送り、静観ではないというスタンスをとった。
そういう人のがんばりが、少しずつ世の中を変えていくことも確かだから。
犯罪被害者に対する人権意識が変わったのも本村さんが頑張ったからだ。

日本の労働者はバブル崩壊以降、格差社会になってきて、より脆弱になっている。
雷句先生のように傷つきながらも必死に思いを訴えている若者の声は、貴重なものだ。
それを聞ける寛容さを企業は持って欲しい。
いずれ古い体制を維持しようとする流れを、変えようとする者が現れるのは時の必然だったと、大人の対応ができることを期待したい。

雷句さん、偉い!!

ガッシュの作者ライクさんが小学館を提訴したそうです。詳しくはご自身のブログに書かれていますが、ここまで彼が憤らせたものは、編集者のパワハラが横行している現場に対してでしょう。
夢を抱いて漫画家を志す才能ある若者の労働環境の実態は、いかに過酷で、理不尽なものであるか、世に訴えたライク先生、偉いです。人一倍まっすぐで心優しい彼には、きっと看過できない状況だったとお察します。

これでこそ、弱い者いじめをもっとも憎む、清麿の産みの親!!キャラクターは作者の分身ですな。
本当に高校卒業して即、漫画家を目指すということは、一般社会で世間ずれすることなく、少年期の純粋さを持ったまま、その感性故に同年代に支持される良い作品を描けているわけですが、世間に批准されない閉鎖的職場であることを逆手にとって汚れた大人が自分たちの良いように利用し、才能を潰しているような構図がどこかにありそうです。
この訴えをきっかけに当該責任者は、果たして対等に人として、誠意を持って、漫画家と対峙しているかどうか、職場のハラスメント対策をきちんと世間に示すべきでしょう。

ライクさんは、閉鎖的古い体質と向き合って、自分を曲げてそれに馴れることも、力に潰されることもなく、こういう形で争うことで彼のアイディンティを守ろうとしているのだと思います。

ライクさんにはゆっくり休んで欲しいです。そして、休んだらまた良い作品を書いて欲しいです。

いや、私はまだガッシュの最終巻、読んでないですよ~;迂闊にライクさんのブログ読めないのですが、、、ビクトリームよ、主役の依頼お手紙、諦めずにまた出して欲しい!!!

ライクさんの絵入り色紙、うちの娘は大事に飾っています。お金では買えない大切なものです。売り買いするつもりはありませんが、ライクさん自筆の絵は、20年後に今の中高生達が社会の担い手になる頃、より付加価値が高くなるものと思われます。
ここまでこじれる前に、出版社は、誠意ある対応をするべきだったのではないですかね。
若い頃毎週サンデーを買ってたし、「がんばれ元気!」も「うる★やつら」も「らんま2分の1」も全巻そろえた私は、とても遺憾に思うのでした。

そうそう、うちの娘の美術部仲間にも熱心なガッシュファンがいて、喜んでいます。

金色のガッシュ!

ずいぶん更新滞ってますが、毎週プリキュア5と鬼太郎は見てます。
ガッシュはコミックで読んでます。キャンチョメがフォルゴレと別れる話が泣けました~。フォルゴレ様、かっこいいvvそして、ティオが帰り、、ウマゴンが帰って、長髪のサンビームさんも(なんでやねん!)素敵よんvvv、いよいよ最終巻ですね。ちょっと寂しいですが、同時に次の雷句さんの作品が非常に楽しみです。
うちの子供らはもうサンデー読んで結末知ってるみたいですが、とても満足してました。

ここまでガッシュを読んで私が思うことは、人間同士の関係のあり方を例示してる作品と思えます。魔物と人間の関係を、自分と身近な誰かのパートナー、例えば自分と親、自分と友達、自分と夫、自分と子供、、、あてはめて考えてみると深いものがあるのでした。
お互いを尊重しあい、お互いの弱さを補いつつ、対等の関係であった清麿とガッシュの関係は、対人関係の理想に思えます。
子供と自分はどうだろう?親子であっても、ガッシュで描かれた良いパートナー関係でありたいなあと、しみじみ思うのでした。

デジモンテイマーズでは子供とモンスターの関係が3タイプ描かれてましたが、ガッシュはとことんこの関係性をきわめ尽くした感がありますね。

金色のガッシュ。
まっすぐな少年漫画は、読む者の心を熱くし、そしてさわやかな気持ちにさせてくれるのでした。

できれば最後までアニメで見たかったですぅ~;

金色のガッシュベル!144話「ぼくらは王様 キャンチョメモモン」感想

僕達は決して負けない!
気分はすっかり「ふたりはモモチョメ」
モモンとキャンチョメ、落ちこぼれ魔物だって、王様になりたいんだ!
キャンチョメが王ならお菓子の国、モモンが王なら・・・の国・・・@@;
強敵キースとこれは相打ちかと心配しましたが、そこへバリーが横入り。
キースとバリーのバトルになった隙に先へ進めたようです。

パピプリオの登場に、敵味方共に「いたなーこういうの」って反応にうけました。
バリーにテッドにパピプリオ。
やあやあ、にぎやかになって参りました。
面白かったです。
1号2号は、キースとモモンの腕で縄跳びを始めるベルーにおおうけでした。

金色のガッシュベル!143話「命を燃やせ 戦人アリシエ」感想

不気味なザルチムと対決するアリシエとリーヤ。
卑劣なザルチムは、ファウードの力を得て更に奸計を張り巡らす。
間一髪、友情は援軍を呼び、テッド組が危機を救うのだった。
這々の体でザルチムは逃亡したが、ザルチムの目は正義の気配にばかり囚われ、邪悪な者の侵入を見落としていた。
いよいよゼオンがファウードの力を求めて登場。

という今週の話でしたが、一番泣けたのは、リィエンに笑顔を見せるウォンレイでした;
「良かった」
うん、とっても良かったです。こんな二人のシーンを見たいと思ってたんで(^^)。
そして、嬉しいあのキャラこのキャラ登場の怒濤のサービス(?!)
ダルタニアン教授、出たー!!!!感激。お久しぶり。
清麿パパが出たので、バリー登場の予感がしましたよ。
バリーの登場は、テッドがファウードの中に突入した時、背後から飛んで来た気砲で2号はバリーだ!と見抜いていました。
そのバリーは敵か敵の敵か、動向が気になりますな。

今まで登場したキャラ総出演で、ファウード編を盛り上げてます。いよいよ次週はキャンチョメとモモンが王になる?!
ってことは・・・まさか、、、;;

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金色のガッシュベル!140話「決死!ウォンレイ 最後の鉄拳」感想

ファウードを復活させ、エリーやリィエンののろいを解き、その後仲間と力を合わせファウードを深海に沈めた。
しかし、、なんとファウードは泳げた!!!シンクロナイズスイミングもできるとは@@;
ファウードを操り攻撃目標を日本に定めるリオウ。
それを阻止するために、再びフォウードのコントロールルームを制御するため、フォウードの体内に決死の侵入をした。
体内では清麿の指示で、ガッシュ・ウォンレイ・リーヤ・ティオとそのパートナーと、アース・ウマゴン・カルディオ・キャンチョメ・モモンとそのパートナーのグループ、二手に分かれ各ポイントに行く手を遮る敵と対峙する。
まずガッシュ組に立ちふさがるのはロデュウとチータ。
ウォンレイはリイェンへの愛ゆえとはいえ、敵に荷担した負い目から、清麿達の盾になることを申し出る。清麿達はそのウォンレイの覚悟の義心を篤く感じ、二人を残し先を急ぐのであった。

ここまでが先週までのお話。ちゃんと毎週見てますよ~。
そして、今週。
ウォンレイはリィエンとの至高の愛を力に、邪悪な敵から世界を守る盾となった。
ウォンレイは、仲間と愛する人を守り抜いたのだ。魔界の王にはなれなくとも、試練を越えて愛と正義を「守る王」になるべく使命を果たし、魔界に帰還した。
結果愛し合う恋人同士を時空の壁が隔ててしまう。けれどそれとて二人の愛を遮るものではない。二人の心を隔てるもの何もないのだ。永遠に。
二人の愛に満ちた幸福な日々は彼らの記憶に生き続け、それぞれの人生において、絶望や孤独を退ける光となるのである。

よくやった!ウォンレイ!
魔界の子供とはとても思えないウォンレイ(おい)立派な紳士だったよ;
正直、ちょっと前までの敵に荷担するウォンレイを見るのは辛かったですが、最後はすがすがしい気持ちで見送ることができました。
ウォンレイが何も言葉を残さず消えたのに、残されたリィエンが愛に満たされている姿にちょっとうるうる。二人の幸福な思い出のシーンがすごく切なかったです。
けれど愛とは、目には見えないし手に触れることもできない、けれど確かにあるものなのですね。
感動をありがとう。ホント、ガッシュ、良い漫画ですね~(しみじみ)

と、感動の余韻を持って終わりたいところでしたが、浸る間も与えないようなカルディオとウマゴンの前に現れる敵。
ああああ、こう引くか・・・・
どうもオリジナル展開になってそうですね。物語は最高潮を迎えそうです。
ひょっとして、最終回が近いのでしょうか;
だとしたら寂しいですが、でも最後まで熱い気持ちが醒めることなく見届けたいと思えるアニメです。

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金色のガッシュベル!134話「立ちふさがるライバル」・135話「のろいのタイムリミット」感想

フォウードの中心部に立ちふさがる2体の魔物。
二人と2体の魔物は、リオウの卑劣なのろいの犠牲者を出してでも、ファウードを魔界に転送し、世界を救おうと悲壮な決意をしていた。
そんなアースの苦悩を見て取った清麿とガッシュは、年端もいかない小さな子エリーを死なせていいわけがないと説得する。なんとかリオウののろいから大切な人を救い、それからファウードを魔界に返す方策を見つけるのだと。
アース達も本心は大切な人をのろいで失いたくないので、ガッシュの言葉を信じたいのだ。
皆がそれぞれ正義のために戦っているのだが、世界のためなら死んでもいいという自己犠牲も、愛する者を救うためなら世界を犠牲にしてもいいというエゴも、「違う」と。「自己も他者も犠牲は出さない」というのがガッシュと清麿の正義の選択である。
ガッシュと清麿の友と世界を救おうとする熱意が、絶対不可能と思っている者達に、それを可能だと信じさせることに成功した。
不可能を可能だと皆が信じることで、不可能は可能になるのである。

ガッシュと清麿のヒューマニズムは、のろいで命が消えかかっている者達にとっても、希望となる。
ファウードの封印を解くより、自分が死んだ方が世界のためだと自己犠牲を申し出るのろい受けた者達に、自分のために諦めずに生きて欲しいと伝えるパートナー。
視聴する側も、一つの生命は地球より重い、という言葉の意味を改めて知るのだ。

一方、自分の欲望のためだけなら、他人を犠牲にしても何とも思わない、「力」」だけを欲する者達もいるのだ。
愛とエゴと、様々な人の思惑が錯綜してファウードは解放される。
かくしてのろいから愛する者達は救われた。
では世界は。。。

緊迫した悲壮な展開でも、ここまで来たら、この善良な者達を必ずしや清麿とガッシュは救うに違いないという力強い思いに満たされるここ2週のガッシュでしたー!

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金色のガッシュベル!133話「モモンの涙」感想

今週はけなげさに思わず涙腺が刺激されちゃいそうなワームモン声に、参りました。
どこか思考回路がずれてそうないたずらモモン、こんなに偉い子だったとは;
右の頬を打たれたら左の頬を出す非暴力シスターのビンタ、「逃げることはもうさんざんやったでしょう」と言う叱咤が効いたようです。
エルが大好きなモモンは、エルの笑顔が見たい一心で、疲れて眠るみんなを耳で抱え一人階段を黙々と昇り続けるのでした。(フロドを背負うサムを思い出しました;)
ところがモモンがついに力尽きバランスを崩した時、ガッシュとウマゴンが目覚め彼を支え、後ろから押してくれたのでした。
とっても良い話でしたね。
モモンも立派なガッシュの仲間ですね。

ところで、アリシエは死んだのでしょうか?そうなったらリーヤはどうなるのでしょう?本の使い手が死んだら、パートナーの魔物はどうなるのか、、知りたいですね。

フォウードの心臓って、手動ポンプだったのですね@@;

金色のガッシュベル!132話「誰がために戦うウォンレイとアリシエ」感想

先週、今週イザーク!!!じゃない、店長!!でもない、アリシエの命をかけた戦いが圧巻でした。
ウォンレイは、清麿のことを信じることができないようです。アリシエとミーヤを見ても、自分が間違っていると認めたくないようです。
愛する人を喪失する側の方が辛いとでもいいたげですが、皆その喪失を乗り越え生きているのが見えていないのでしょう。
愛する人を守るためにとやってることが、いつの間にかその人への愛とは正反対のエゴに向かってしまってるのは、SW「シスの復讐」のアナキンと同じですね。
愛ゆえに愚かなウォンレイと、崇高なアリシエの魂は対称的です。

アリシエの村の話は、作者の世界を見る優しい目を改めて感じました。

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金色のガッシュベル!131話「胃の中の試練~ティンティンチャンス」感想

フォウードの口から、体内に侵入した清麿ガッシュ達。
早速のど元で、第一の関門が待ち受けています。
それは「ウンコティンティン」というお下劣すれすれの名前を持つ者の、なぞなぞに全員が正解しないと先へは進めないというものでした。
どこかベルギムEOに似てるティンティンですが、割と紳士的。
ティンティンの質問のほとんどは清麿には難しいものではなかったのですが、
最後の、「メルメルメー」しか言えないウマゴンに、「フェルマーの最終定理」を出題したのでした。
こんな数学界の難問を「メルメルメー」しか言えないウマゴンに答えられるわけがない。どうする清麿?!
そこで彼は究極の解決策、「逆ギレ」したのでした(笑)逆ギレでピンチを切り抜けるとは@@;教育上どうかとも思うのですが(笑)、もともとアンフェアなルールに対する抗議なのでありかと。
清麿ったら、ベートーベンの時もキレてたし、天才領域の美学を汚すものを許せないのかも(笑)
その清麿にビビるくらいだから、ティンティンは魔女裁判みたいなことをするほど悪意のある奴ではなさそうです。
彼はやはり魔物なのでしょうか?
ファウードを作った者に仕えている者のようです。

アリシエがためらいなく、ファウードを作った者より使わされたと申し出ましたが、ザルチムとリオウの話ぶりからして、ファウードとアリシエ・リーヤには何か因縁がありそうな気がします。
また清麿がそのアリシエの反応に何かを感じていること、ティンティンの出題内容に魔界についての問題がないことに何らかのヒントを得たようです。

ティンティンの名前と性格、清麿達とのなぞなぞ対決、フォルゴレのリアクションに、2号3号ともども爆笑しましたが、ところどころに事態の真相に迫る謎解きが仕組まれているのが面白いですね。

やけに、オープニング前までが長かったですが、サブタイトルの入れ方やCMの位置、次週予告後のキャラ顔取り替えっこコーナー等、新しい番組スタイルに挑戦してる感じが、好感持てます。
ティンティンと恵交換に2号はにやりと、3号は爆笑でした。我が家ではあの
取り替えっこは好評です。

お!今気づいた!ザルチムの声優さんが、堀川さんだよ~!<ひとでんさん。

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金色のガッシュベル130話「友か?世界か?ガッシュの決断」感想

○ガッシュの選択
友か?世界か?
というか、リィエンという友一人の命か、その他大勢の友の命か?
大切な命一つと大切な命多数という選択を迫られたガッシュ。
当然多数の生命を優先するべきだが、一人の友であっても見捨てた時点でガッシュは必要とあれば仲間を見捨てる奴という小さな不信のしこりが残る。
一度仲間を犠牲にすれば、それが正当化され、違う場面でもより容易に仲間を切る口実になり、やがてそれは権力に名を変える。
まさに、ここは優しい王様たる資格がガッシュにあるかどうか資質が問われる正念場だ。
ガッシュは、もちろん!どちらも選ばず、第3の選択、ファウードを復活させリィエンを救い、同時に皆の力を合わせて復活したファウードを魔界に帰す方法を探り、世界を守り通すという決断を下す。
誰も見捨てないという与えられた選択肢からは選択しないという選択が、自分が傷つかないための逃げで至った結論ではなく、問題と正面から向き合い考えた末に出した答えだ。自ら責任ある代案を提示し賛同を得、不可能と思われる方法を可能にするのに最も必要なこと、仲間の志気を高め結束を固め、それを可能だと皆に信じさせることに成功したガッシュは、王たる試練を見事クリアした。
ふう、良かった良かった。
いやー、世界を救うためには、リィエンが死んでもしょうがないとか、敵になったウォンレイを倒すしかないとかいう話になったら、どうしよ?と一抹の不安があったので、ほっとしました(笑)。

○ウォンレイの選択
一方、愛するリィエンを救うため悪に荷担したウォンレイは、そうしないで済む代案を考えたり誰かに相談し救援を求めたりして、何とか正義を貫く道を見いだせないまま、相手の出した2者択一の狭い選択肢にはまり思考停止した時点で、王たる資格を失ってしまったわけだ。
一見、男として、恋人としては合格してそうだが、ここまで見る限りではそうとは言えない。ファウードが復活して人間世界が崩壊したらリィエンが生き残れないだろうし、仮に敵の傀儡として二人が生き残ったって、正義を貫いた罪無き人の犠牲の上に、幸福を築けるはずもない。このままでは二人の未来にあるのは暗い堕落と破滅だけなのに。
「正義」とは正しい行いのことなのだが・・・・ウォンレイ。

○新キャラ
降って湧いたようなキャラ。アリシエ。あんた、どっから来て、どこまで話しわかってるんですか?
ガッシュへの迫りようが、唐突でやけに厚かましいというか。いえ、かっこいいですね。

○シュナイダーの悲劇。
ウマゴンはチェリッシュの名前を一生懸命言ってるのに、「めるめるめー」としかわかってもらえない悲劇。
人間も魔物もそう簡単にニュータイプにはなれない。
ウマゴンがシュナイダーと呼ばれるまで、君は刻の涙を見る。(←何の話しだ!!)

○巨神兵の復活
あな恐ろし。ファウードは火の七日間で地上焼き尽くすに違いない。
その者、蒼き衣を纏いて金色の野にガッシュベル。(←何の話しだ!!)

○ミクロ決死隊!
おおう、次は人体内部の冒険ですか。とっても面白そうですね。

怒濤のファウード編、ここのところ毎週胸が熱くなります。
「優しい者」が何故強いのか?
ガッシュはずっと少年達に問い続けています。
それは、鋭い爪も牙もない裸の人間が、何故、万物の頂点に立つ資格があるのか?を我々に問うてるようにも思えます
同時に人としての優しさを失ったら、生物の頂点たる資格はないのだということをも気づかせてくれる良質な少年漫画ですね。

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