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ふざけおに

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    主に児童向けテレビ、映画、書籍の感想を書いてます。
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金色のガッシュベル!108話「ホームシック?華と母上 さまよえるガッシュ」感想

ネタバレベタ褒め注意!

いつものように、清麿の母華にお弁当を作ってもらい、外遊びに出かけるガッシュ。偶然、別れた母子が再会するストーリーの漫画を見つけ、読んでしまいます。漫画に感銘したガッシュは母恋しさが募ります。街のあちこち、いつもは見過ごしていたような、小さい子どもとその子を心配する優しいお母さんの会話が何故か今日は目にまぶしいのでした。
記憶はかすかでも、確かに魔界にいる母。
母を恋しく思うガッシュに、こっちにいる間は俺のおふくろをお母さんだと思えばいいと、清麿は慰めます。けれどその優しい言葉に、何故かガッシュは激しく動揺します。
「本当のお母さんがいるのに酷い」と。
ドアの前で話を聞いてしまった華は、泣きながら家を飛び出すガッシュとすれ違います。そのガッシュの様子に何かを感じとったように華は狼狽し、清麿に後を追うようにいいつけます。
途中清麿は、ティオと遭遇し何かともめている間に、華自身がガッシュを追い、ついに一人街をさまようガッシュに追いついたのでした。泥まみれの顔で華は優しい笑顔を見せます。
ガッシュは「華は本当の母ではない」と言って飛び出したことに、すまない気持ちでいっぱいになり、「(清麿の)母上が大好きだから、本当のお母さんの感じを忘れてしまいそうで」怖かったのだと、本心を打ち明けます。
華は「お母さんが二人いたっていいじゃない、私だってね、ガッシュちゃんのこと本当の子供だと思っちゃってるんだもん」と母性愛をこめてガッシュを抱きしめます。
血のつながりはないけれど、ガッシュと華は、真の親子の情愛に満たされているのでした。

ってだけのなんて事のない話で、魔界の王を巡る大事件が起きたわけでも、壮絶な戦いがあったわけでもないんですが、これが日常と非日常をつなぐ非常に秀逸なエピソードでした(^^)。
いわば、「母のない子と子のない母と」(壺井栄)の現代版、「母の記憶のない子と子育てが終わった母と」です。優しくしてくれた大好きなおばさんを母を思っていいのかどうかとまどう子供が、新たな母性を受容するという、古今東西、時代も国も越えて存在する継子物語のガッシュバージョンです。
子どもが無心に母を求める気持ちに勝る感動話はないのです。なぜなら、老若男女も人生経験の差の影響も及ばない、母胎からこの世に出たほ乳類なら生きるための本能として誰しもが知っている情動だから。

それにしても、感動を狙った題材は下手にやると、ありがちな名作崩れお仕着せのお涙頂戴話になり、ガッシュというバトル中心のギャグ漫画の、一エピソードとして浮いてしまう危険性もあるんです。
この話を、どうガッシュの世界に違和感なく融合させるかというのが、作り手の腕の見せ所だったと思うのですが、微に入り細に入った情景と心情をシンクロさせた叙情的描写と、視聴者を否応なしに物語に引き込む構成が見事で、かつ感動の流れを壊さないガッシュらしいギャグや暴走アクションを挿入しているので、全く普段のガッシュから違和感ないのが、秀逸と言える理由です。
さすが貝沢幸男監督。良い仕事してますねえ~。伊藤智子氏の作画ならではの柔らかい線が人物の表情を繊細に見せているのも見事でした。脚本もシリーズ構成の大和屋暁氏ですし、ずいぶん力を入れた回ですね(笑)。マンネリムードを打破するオープニング前のパート、エンディング後コーナー追加もあってえらい気概を感じます。こういう話が1年に1回でもあると、応援しがいがあるってもんで、もうベタ褒めしちゃうvvそうそう先週のグラブのバスケシーンといい、今週のガッシュの家出シーンといい留め絵が効果的でしたし。
原作のイメージを大切になお、オリジナルでも十分楽しませてくれる力を見せてくれた今週、アニメスタッフ様に100点満点、特大の派手なハナマルを差し上げたいです(^^)。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
○構成と叙情性
構成の良さをもっと具体的にかみ砕いて言うと、漢詩の「起承転結」という王道の構成になっていて、冒頭から結びを目指して、物語が流れているので、心情の流れを読み解いていく面白さがあるんです。
まずは、冒頭の手作り弁当で華とガッシュの関係性を示し、「かあちゃんを訪ねて」という漫画をガッシュが読んだことで、ガッシュの母恋しさ募った原因を提示します。この「起」の部分は、視聴者に今日はどういう話か、見通しと期待を抱かせる効果も優れていたと思います。
その冒頭の起部が、ガッシュは街の至る所にいる他の子のお母さんが気になる様子に係っていくわけです(承)。
ところが、清麿の一言で、自分の母のわずかな記憶が、優しい華によって上書きされてしまうことをガッシュは恐れます。ここで物語は暗転し、ガッシュは孤独のまっただ中に突き落とされます。華は本当の母ではない、わずかな面影の母もここにはいない、という現実に、ガッシュは寂しさに膝を抱えているのでした。
そこへ、ガッシュのお気に入りのオモチャバルカンを携えて、現れる華。
いよいよ小さな日常を絵画的に捉えた叙情詩はクライマックスへと向かいます。
ガッシュの本当の母と華との狭間でゆれる心を、華は丸ごと肯定し受け止めます。華の、「ガッシュを我が子のように思っている、お母さんが二人いていい。」と言う言葉で、ガッシュにすっかり感情移入させられ、孤独な迷路を自分のことにように錯覚していた視聴者は、出口の光を見たようにここ来て、大きなカタルシスを得られるわけです。
翌日、ガッシュは元気よく外遊びに行く冒頭に戻りますが、そこには昨日より成長しているガッシュがいるわけです。見事な結びじゃありませんか(^^)。

○名脇役
また優れた物語には、そのパートの主要人物が織りなす物語にどんな些細なサブキャラにも、きちんと必然性を持って登場する意味があるものですが、今週のティオの入れ方は巧さを感じました。
ティオがモアイ像?をおみやげに持って来た一見ギャグ話は実はポイントで、清麿のガッシュ捜しを妨害しなければ、華がガッシュの元に駆けつける必然性がなかったわけです。
で、ここまでなら、余計なキャラを話の中心から除けるために出ただけのようなもんですが、遅れて清麿とかけつけたティオを通して、ガッシュの故郷や母への慕情を、無理もないことと、改めて強く印象づけられるわけです。二人の涙にギャラリーのティオがもらい泣きすることで、魔界の子ども達が笑顔の裏に寂しい気持ちを我慢してこの世界いることに視聴者は気付かされ、作品の奥行きを広げる効果があったと思います。
で、一見無意味なモアイ像でしたが、最後の最後にウマゴン小屋の災難オチに行くので、ホント、重要な登場人物でした(笑)

○母性愛
上記以外にも作品の奥行きを深めたと感じる部分、ママ的にはあります。
ガッシュに対する華の気持ち、母性本能といったところでしょうか。
1話の華は、最初から無意識のうちに、ガッシュのような子が手元に欲しいという、いわゆる空の巣的寂しさがあったんだろうなって想像します。ガッシュを人外だとは絶対認めないあの盲目的観察力は、母性愛ですよね。
イギリスにいる父が、荒れた息子とそれを嘆く気丈な母親にガッシュを託したのは、結果的に清麿のためだけではなく、自分の母としての役割に行き詰まりを感じる妻の張り合いになり、清麿と一対一の閉塞した母子関係の風穴を開けたのかも知れません。
そんなところまで、読みが及ぶ、なかなか心にくい今週のガッシュでした。

○2号の感想
うちの2号、3号も喜んで見てました。今週の朝では一番面白かったようです。
そろそろ批判力がついてきた2号はいっぱしのこと言うようになりましたよ~。
番組始まってすぐ、「今日は漫画にない完全にオリジナル話か~。」とそれだけで、ダメ出ししそうな気配。さっさとゲームの攻略本を手にしてながら見態勢でしたが、実際始まったらずっと食い入るように見てました。塾自慢するママさん連中を見て、「デジヴァイスが闇に染まる時」のおばさん達みたいだ。」と言う2号は、さすが!私もそう思った。(でも塾の数より、結果の方が自慢の種じゃないのか?<ママさん達。塾の数だけ言って、成果が上がってないと陰で笑われるので、あんまり数を自慢しない方が・・・(^^;
見終わると、朝食の支度をしててまだちゃんと見てない私に、「今日のは面白かったよ。良い話だった。オープニングもちょっと変わったんだよ。ゼオンが出てたし」と。
で、「マジローの話だけが変だったんだよね。だいたい、清麿がサイフォジオなしに、バオザケルガを3発も出すなんてありえねーよ。」
マジロー話は2年間の放送を思えばわずかな話数だったのですが、案外子どもの目は厳しいなと思います。
でも貝沢さんがシリーズディレクターになってから、非常にアニメに新風を入れて、マンネリを巻き返そうとしてるように見えるし、劇場版がすごく面白そうなので、プリキュアの勢いに負けずに、夏にはまたぐっとガッシュ熱が盛り上がって行きそうな予感がしてます(^^)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
余談になりますが、、、、前日、ちょうどアニマックスで「おじゃ魔女どれみどっかーん」の49話50話をやっていたんです。50話のハナちゃんにもらい泣きしたんで、2日続けて、大谷育江さんにうるうるさせられたことになりますね(^^;
で、実を言うと私は50話はすごく感動しましたが、評判がいい49話を面白いとはあまり思えないんですよ~。私立中学へ進学すると言えないはづきちゃんの心情を微細に描写した話で、いかにもうじうじした内向的日本人らしいと言えば言えるんですが、、、そんなにたいしたライフイベントでもないし、少女のさして何の変哲もないある日の内面を描いた話にそこまで思い入れるってのもなんか不思議な気がしました。これが実写ならば役者さんの演技を堪能できるんで、そんなに退屈でないかもしれないし、何よりはづきちゃんが美少年だったら、かくいう私も好きな話だったかも(汗笑)。
って感じで、基本的に私はアニメで、細やかな心情をいちいち描いた話は、まどろっこしくて好きでないんです。文章にしたらありきたりな常套句で数行で表現されるような恥ずかしい内向的心理を、取り立てて映像にされても・・・・派手に世界を救済するための戦いとかが背景にあって、人間の普遍性に迫るような、ヒューマニズムの神髄を見せてくれないとさ(笑)。
そういう意味で、今回のガッシュは言ってしまえばなんてことのないガッシュの一日の心情の流れなんですが、同じ叙情的でも、ベタついた重い感じがしないのと、妙に意味深に「静」をもったいぶるような不健康な描写がなく、テンポが良い動きがあって退屈させないのが良いです。
それに、ちょっとしたことが話せないなんて欧米人なんかには理解できないあいまいな日本人気質と違い、扱ってる心情がより普遍的に迫ってくる、特に子どもとその親には心ゆさぶられる話だからいいんですね。




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